「リウマチ手記」 土屋杏奴 62歳

 

2003年7月30日

 

 

松本先生

発病から現在までの経過報告をさせて頂きます。

埼玉県新庄市

 

こんにちは。 

 一日も早い梅雨明けを待っているこの頃ですが、今朝のお電話、色々有難うございました。先生の言われることを、よく理解することが出来ました。

 発病から現在の経過等を、少しお話したいと思っております。

 発病から約3年程経ちました。当初は、右手の中指、親指、小指、左手の中指、親指の第2関節が赤く腫れ、強い痛みを感じました。

 次第に、右膝の関節、右手指と広がり、ハミガキ粉をチューブから絞り出すのも、シャワー・水道の栓をひねる事も、タオルを当てないと辛いほどに痛みが強くなってきました。夜、寝込んでからも、心臓の音と共に、やって来る絶え間のない痛みに、本を通しての知識でしたが、読む毎に、リウマチではないかとの不安が、一層現実のものとなって、次第に絶望的になっていきました。本には、リウマチは現代の医学では快復が難しく、その症状は身体中の関節を侵し、強い痛みとの闘いだとありました。

 そのような時、娘が、インターネットで調べてくれた朗報。「お母さん、リウマチは治る病気なんだよ。その治療のため、大阪の松本先生のところに行こうよ。」と言われ、早速埼玉県から大阪へと、娘と共に伺い、治療を受けることが出来ました。

 漢方薬と鍼灸との治療で、当初、歩く事・立ち上がることが、激痛(膝の裏側に板を張ったような、少しでもぶつけたら骨折してしまいそうな、腫れた痛み)でしたが、それも次第に楽になって来ました。

 家族の真剣な協力と愛情に支えられ、私は少しずつ、心身ともに余裕を持つ事が出来、絶望から希望に変わっていきました。

 そのような時、玉川高島屋のガーデンコンテスト、園芸誌「ビズリ」のガーデンコンテストに自分が育てた園芸作品を応募し、各々、「グランプリ」「入賞」することが出来ました。昨年の5月には、衛星放送NHK第2の「私のガーデニング」で、私の庭が放映紹介されました。長年続けてきた植物の勉強でしたが、病気した事で、勇気と行動力を持つ事が出来ました。

 2年前の突然の夫との死別後も、娘と「花とインテリア」の店を開店する事が出来、今では症状がよくなってきたので、発病当初のような週2回の鍼灸治療・漢方薬治療は、仕方なくその回数が減ってきました。しかし、花店での50鉢以上の植物の出し入れや家事、相当ハードな労働も、程よく休みながら出来るようになりました。

 ゆっくり治療がしたいけれど、時間がかかっても是非完治できるよう、食事も含めて自己管理していきますので、これからもよろしくご指導お願い致します。

 娘と共に、希望を持って生きていきたいと思っております。本当に有難うございます。